M&Aの後に対象会社の資金繰りが悪化し倒産した場合の弁護士対応

株式譲渡の実行から半年ほど経過した頃、対象会社の経理から、翌月の支払に3,000万円が不足するという報告が上がった。買収前に受領した試算表には現れていなかった買掛金の未計上、簿外のリース債務、そして退職金の引当不足が次々に判明します。買収資金の一部は買主が金融機関から借り入れており、対象会社の借入れには買主が新たに保証を差し入れていた、という事案が典型です。

この状況が生じる背景は、中小企業のM&Aにおける情報の非対称にあります。売主が意図的に隠した場合だけでなく、売主自身が正確な財政状態を把握していなかった場合にも同じ結果が生じます。決算書は税務申告のために作成されており、事業の実態を示すものとして作られてはいないためです。

結論から申し上げます。売主に対する責任追及と、対象会社の資金繰りへの対応とは、まったく別の時間軸で進めなければならず、前者の結論を待って後者を遅らせると、追及すべき損害そのものが拡大します。売主に対する請求の根拠は民法第415条第1項及び株式譲渡契約の表明保証条項にありますが、これらの請求には相当の期間を要します。以下、順にご説明します。

本記事が扱う場面と、関連する記事

同じ資金繰りの悪化でも、原因と当事者の立場によって採るべき手順が異なりますので、次のとおり切り分けます。

買った会社が立ち行かなくなったという場面

買収後に対象会社の資金繰りが行き詰まる原因は、大きく三つに分かれます。第一に、買収前から存在していた債務が承継されていた場合です。簿外債務、未払残業代、租税の滞納、係争中の紛争がこれに当たります。第二に、買収を契機として事業そのものが毀損した場合です。主要な取引先が代表者の交代を理由に取引を終了したり、キーパーソンが退職したりする例がこれに当たります。第三に、買収資金の借入れの返済負担が、対象会社の収益力を上回っていた場合です。

原因の特定は、責任追及の可否を左右します。買収前から存在していた事実であれば表明保証の対象となり得ますが、買収後に生じた事情であれば売主に責任を問うことは困難です。まず、資金不足の原因が買収前後のいずれの事象に由来するかを、証憑によって切り分けてください。

まず、誰が何を負担するのかを契約書で確認します

株式譲渡契約書を開き、次の条項を順に確認します。表明保証条項、補償条項、補償の上限額及び下限額、補償請求の期間制限、そして解除条項です。

補償の上限額は譲渡代金の一定割合とされていることが多く、下限額として一件あたりの金額と累計額の双方が定められている例があります。請求の期間制限は、実行日から1年ないし2年と定めることが通常ですが、租税及び労務に関する事項については、その公法上の期間に合わせて長く設定されている場合があります。期間の起算点が実行日か、買主が違反を知った日かによって、残された時間が変わります。

あわせて、買主が売主に対して負っている債務の有無を確認してください。譲渡代金の一部が未払である場合、又は分割払の残額がある場合には、補償請求権との相殺により実質的な回収を図ることができます。訴訟によらずに回収できる可能性がある唯一の局面ですので、支払を実行する前に検討してください。

表明保証の違反として請求することができる場合

表明保証は、契約の実行日又は締結日において、一定の事実が真実かつ正確であることを当事者が相手方に対して表明し、保証する条項です。違反があった場合の効果は、契約に定めた補償の枠組みによります。

これとは別に、民法第415条第1項は、債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者はこれによって生じた損害の賠償を請求することができると定めています。株式の譲渡について契約の内容に適合しない点があった場合には、民法第562条から第566条までの規定に基づく主張も検討の対象となります。民法第562条第1項は買主の追完請求権を、第563条第1項は代金減額請求権を、第564条は損害賠償の請求及び解除権の行使を妨げない旨を定めています。

期間の制限に注意が必要です。民法第566条は、売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は不適合を理由として履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができないと定めています。違反を発見した時点で、まず内容証明郵便による通知を発することが実務上の初動となります。

売主に対する請求と、会社の整理とは別に進みます

買主が陥りやすい判断の誤りは、売主に対する請求の結論が出るまで対象会社の処理を待つというものです。売主への請求は、交渉、調停又は訴訟を経ますので、結論までに1年以上を要することが通常です。その間、対象会社の資金は流出を続けます。

正しい順序は、対象会社の資金繰りへの対応を先に確定させ、売主への請求はこれと並行して進めるというものです。対象会社について私的整理、民事再生又は破産のいずれを選ぶかは、対象会社の事業価値と資金繰りの数値によって決めます。売主に対する請求権は、対象会社の資産として、又は買主自身の債権として、別に管理します。

なお、対象会社が破産した場合、売主に対する請求権が対象会社に帰属するものであれば、破産管財人がその行使の主体となります。買主が自ら行使することができるのは、買主自身が株式譲渡契約の当事者として有する補償請求権です。両者を混同しますと、請求の主体を誤ります。

買主が差し入れた保証及び貸付金の扱い

買収後、金融機関の求めにより、買主又はその代表者が対象会社の借入れについて保証を差し入れている例が多く見られます。また、資金繰りを支えるために、買主から対象会社へ貸付けを行っている例もあります。この二つは、まったく異なる扱いを受けます。

保証については、対象会社が破産しても保証債務は消滅しません。買主は残額全部について請求を受ける立場に立ちます。売主から引き継いだ保証ではなく、買主が新たに差し入れた保証である以上、売主への責任追及によって免れることはできません。

貸付金については、対象会社に対する債権として届け出ることになりますが、支配株主からの貸付けであることを理由に、他の債権者から実質的な出資であるとの主張を受ける場合があります。また、破産の直前に買主が自らの貸付金の回収を図れば、破産法第162条第1項による偏頗行為の否認の対象となります。同項は、既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にしたものは、破産手続開始後、破産財団のために否認することができると定めています。

対象会社を整理する場合の選択肢

対象会社に事業価値が残っている場合には、事業を第三者に譲り渡したうえで会社を清算する方法が考えられます。対象会社が単独で存続することは難しくとも、事業そのものは他社の下で継続できる場合があるためです。

事業価値が乏しく、資金の流出のみが続いている場合には、対象会社について破産手続を選ぶことになります。この場合、買主が投じた買収資金は回収できませんが、それ以上の追加の負担を止めることができます。判断の分岐点は、事業を続けることで損失が拡大するか否かです。

買主のグループ全体に影響が及ぶ場合には、対象会社を切り離す時期の判断が重要となります。対象会社の債務を買主が肩代わりし続けますと、買主自身の資金繰りが悪化します。連鎖を止めるための線をどこに引くかを、数値によって決めてください。

否認の対象とならないための注意

対象会社の整理が視野に入った段階では、資産の移動に細心の注意が必要です。

破産法第160条第1項は、破産者が破産債権者を害することを知ってした行為、及び支払の停止又は破産手続開始の申立てがあった後にした破産債権者を害する行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができると定めています。対象会社の資産を買主のグループ会社へ簿価で移す行為は、この規定の適用を受ける可能性があります。

破産法第163条第3項は、破産法第162条第1項の規定は、破産者が租税等の請求権又は罰金等の請求権につき、その徴収の権限を有する者に対してした担保の供与又は債務の消滅に関する行為には適用しないと定めています。租税の納付は否認の対象とならない点で、他の債権者への弁済とは扱いが異なります。

民事再生を選ぶ場合も同様です。民事再生法第127条第1項は再生債権者を害する行為の否認を、同法第127条の3第1項は特定の債権者に対する担保の供与等の否認を、それぞれ定めています。また、対象会社の事業を買主のグループ会社が承継し、対象会社の商号を引き続き使用する場合には、会社法第22条第1項により、譲受会社も譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負います。

なぜ買った後に初めて分かるのか

買収前の調査で発見できなかった事実が、買収後の運営の中で判明する理由は三つあります。

第一に、調査の対象が資料に限られていたことです。開示された資料の中に存在しない債務は、資料の精査によっては発見できません。未払残業代、簿外のリース、口頭の保証は、資料に現れないのが通常です。

第二に、調査に充てられる期間が短かったことです。中小企業のM&Aでは、調査に2週間から4週間しか充てられない例が多く、その範囲で確認できる事項は限られます。

第三に、事業の実態は、日々の運営に入って初めて見えるという性質があることです。主要な取引先との関係が前経営者個人の信頼に依存していたこと、あるいは特定の従業員が業務の全体を把握していたことは、引継ぎの過程で判明します。これらは表明保証の対象とすることが難しく、契約の設計段階で買収後の一定期間の関与を売主に義務付けることにより対処します。

弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期

弁護士が担うのは、株式譲渡契約書に基づく請求可能性の検討、期間制限を踏まえた通知書の作成と発送、売主との交渉及び訴訟の追行、対象会社の資金繰りに応じた手続の選択、対象会社の事業譲渡の設計、買主が差し入れた保証への対応、そして買主グループへの波及を止める線引きです。

依頼の時期は、資金不足の見込みが判明した時点です。この時点で通知を発しておけば、期間制限の問題を回避することができます。あわせて、この時点であれば、対象会社の事業を譲り渡すという選択肢が現実に残っています。資金が尽きてからでは、譲り受ける相手が現れません。

いま確認していただきたいこと

株式譲渡契約書の原本と、その別紙である開示書面一式を手元に揃えてください。表明保証条項の各項目と、判明した事実とを一対一で照合し、どの項目に違反があるかを書き出します。あわせて、補償請求の期間制限の起算点と満了日を、日付として特定してください。

次に、買主から対象会社への資金の流れを一覧にしてください。出資、貸付け、保証、グループ会社との取引のそれぞれについて、金額、日付、契約書の有無を記載します。最後に、対象会社の向こう13週の週次資金繰り表を作成し、いつ資金が尽きるかを確定してください。

よくあるご質問

株式譲渡契約を解除して、代金を返してもらえますか

実行後の解除は、契約に定めがある場合を除き、容易ではありません。株式が既に移転し、対象会社の状態も変化しているため、原状回復が事実上困難となるためです。実務では、解除ではなく補償請求として構成することが通例です。

売主が資力を失っている場合はどうなりますか

判決を得ても回収はできません。したがって、請求に着手する前に、売主の資産状況を調査してください。譲渡代金の未払分がある場合には、相殺による処理を優先的に検討します。

対象会社を破産させると、売主への請求はできなくなりますか

買主自身が株式譲渡契約に基づいて有する補償請求権は、対象会社の破産によって影響を受けません。他方、対象会社に帰属する請求権については、破産管財人が行使の主体となります。

買収前の未払残業代は、誰が負担しますか

株式譲渡の場合、対象会社の債務として対象会社が負担します。株主が交代しても、会社の債務は変わりません。買主が負担を回避するためには、表明保証の違反として売主に補償を求めることになります。

対象会社の事業を自社に移してよいですか

移すこと自体は可能ですが、対価が相当であることと、手続が適正であることが前提となります。無償又は低廉な対価による移転は否認の対象となり、また商号を続用する場合には債務の負担が生じます。第三者による評価を経たうえで実行してください。

まとめ

買収した会社の資金繰りが悪化した場面では、売主への責任追及と対象会社の処理という二つの作業を、同じ速度で進めることはできません。会社の処理は数週間の単位で、責任追及は年の単位で進みます。この時間の差を前提に工程を組むことが要点です。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

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出典

  • 民法第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第562条(買主の追完請求権)、第563条(買主の代金減額請求権)、第564条(買主の損害賠償請求及び解除権の行使)、第565条(移転した権利が契約の内容に適合しない場合の売主の担保責任)、第566条(目的物の種類又は品質に関する担保責任の期間の制限)
  • 会社法第22条第1項(譲渡会社の商号を使用した譲受会社の責任等)
  • 破産法第160条第1項(破産債権者を害する行為の否認)、第162条第1項(特定の債権者に対する担保の供与等の否認)、第163条(手形債務支払の場合等の例外)
  • 民事再生法第127条第1項(再生債権者を害する行為の否認)、第127条の3第1項(特定の債権者に対する担保の供与等の否認)

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    弁護士土屋勝裕
    弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士。長島・大野・常松法律事務所、ペンシルバニア大学ウォートン校留学、上海市大成律師事務所執務などを経て事務所設立。400件程度のM&Aに関与。米国トランプ大統領の娘イヴァンカさんと同級生。現在、M&A業務・M&A法務・M&A裁判・事業承継トラブル・少数株主トラブル・株主間会社紛争・取締役強制退任・役員退職慰労金トラブル・事業再生・企業再建に主として対応
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